古代ギリシア文化とキリスト教典礼音楽以降の音楽史の比較的考察《二つの音楽史》
徳留勝敏(東亜大学・美学)

 BC800年頃、古代ギリシアではポリスの形成へ動き出した時期に、ギリシア神話を基とする叙事詩が盛んに作られたが、まだ公用としての文字の無い時代、叙事詩は『アオイドス』と呼ばれる詩人たちによって人々の前で朗誦を行っていた。アオイドスたちは、『長く発音する音節』と『短く発音する音節』を組み合わせた2拍子風、3拍子風、4拍子風、5拍子風の韻律を一つの行に6つの脚で構成されたヘクサメトロス(六歩格韻律)を中心に用い、朗誦には『エピテトン』という枕詞を巧みに使い、長編の叙事詩を展開していた。韻律は、今日の音楽のリズムに当たるものであり、エピテトンの役割は、ワーグナーが創始した楽劇用法で、フレーズを使って登場人物をイメージさせる、ライトモティーフと同じ性格を持つものである。
 BC700年中頃になると独唱による抒情詩が登場し、感情、風景、事件、主張などを自由な表現で朗読と歌唱により展開した。一人の抒情詩人が詩の朗読を進め、展開の途中でリラ(竪琴)とともに歌唱(メロス)が始まる。この展開は1700年代にドイツで始まった、音楽劇『ジングシュピール』と同じ特徴を持つ展開である。抒情詩は、『スタンザ』と呼ばれる数種類のフレーズ同士が対話や応答で展開を見せる。この展開の特徴は、独唱と合唱が応答する様式の中世のグレゴリオ聖歌などに見られるアンティフォナ(応唱)と類似している。そして、このスタンザは一定の展開が続くと、『ストロペー』と呼ばれる1つのグループにまとめられ、内容に従って次々とストロペーを展開させる。この展開の特徴は、同じテーマを音楽の展開と共に幾度も表現される、1700年代中頃の古典時代の音楽の形式である『ロンド形式』と特徴が類似している。さらに抒情詩は、合唱と舞踊が加わり規模が大きくなると、展開も『ストロペー』から始まり、ストロペーの内容の反対の表現を行う『アンチストロペー』に進み、3歩格から2歩格の韻律へ展開する結びの歌である『エポードス』で締めくくる。この展開は、古典時代に確立したソナタと特徴が類似している。ソナタの典型的な形としては1楽章が快活なテンポで始まり、2楽章は1楽章とは対称的に緩徐的な楽章となり、3楽章は再び快活なテンポとなり終曲となる。
 これらの古代ギリシアの文化は、継承するようにローマ帝国へ引き継がれるが、392年ローマ帝国が一神教のキリスト教を国教とすると、多神教の文化は国家行事として中止の道へと進み終焉を迎え、キリスト教の典礼音楽を柱とする音楽の歴史が始まると、1600年に古代ギリシア悲劇をモデルとするオペラが登場するまで、古代ギリシアの文化を意識または影響を受けている音楽は、ほとんど見られなくなる。この歴史の流れは、古代ギリシアの文化の歴史とキリスト教典礼音楽以降の歴史の二つの音楽史が存在していると見ることができると考える。