ヘルダー研究の現在と未来
Herder-Forschung in Gegenwart und Zukunft
嶋田洋一郎(九州大学)

 今回の講演は、1999年に講演者が本協会で行った特別報告「最近のヘルダー研究についてー『人類歴史哲学考』を中心にー」のいわば続編にあたるものである。今回の講演では、この約二十年のあいだに大きな進展を遂げたヘルダー研究について、前回と同じく『人類歴史哲学考』(Ideen zur Philosophie der Geschichite der Menschheit, 1784-91)(以下『イデーン』と略記)を中心に考察を加えたい。
 ヘルダー研究における最大の問題あるいは難題は、カントによる『イデーン』書評の呪縛をいかに解くかという点に尽きるといっても過言ではない。しかしこの問題との取組みは、カントの批判哲学や歴史哲学に関する知識とヘルダーの『イデーン』に関する知識のみならず、当時の思想的文脈全体に対する理解を必要とするために、決して容易な作業ではない。そしてこの作業は現在もなお十分になされているとは言えないように思われる。こうした状況の中で特に注目に値するのは「人類の起源」に関する近年の研究動向である。それは特に自然史と人類史の関係を科学的見地と思想史的見地から再考察しようとするものであり、前者は自然人類学に対する関心と、そして後者はカントの歴史哲学に対する関心と結びついているように見える。ヘルダー研究の可能性も『イデーン』を再度こうした観点から見直すことにあるのではないだろうか。
 しかしながら同時に強調されねばならないのは、『イデーン』はたしかにヘルダーの主著ではあるが、ヘルダーの著作活動は歴史哲学にとどまらず、文学や政治など多岐に及んでいるということである。これらの分野に関する最近の研究で特に興味深いのは、英語圏から生まれた次の二つであろう。一つはアメリカの音楽社会学者フィリップ・ボールマン(Philip Bohlmann) によるヘルダーの民謡関係の著作の翻訳と解説であり、もう一つは、同じくアメリカの政治哲学者マーサ・ヌスバウム(Martha Nussbaum) によるヘルダーへの言及である。これらの研究動向は、将来のヘルダー研究をいっそう実り豊かなものにするものと期待される。今回の講演では、近年のこうしたヘルダー研究と今後のヘルダー研究の課題や可能性について、一次文献および二次文献の刊行状況と関連させながら詳述したい。