15:50-17:20 【クロス討論】 「カント『オプス・ポストゥムム』とシェリング」
「エーテル演繹」と「移行」問題の行方 自然哲学をめぐる若きシェリングと老カントの絡み合い
松山 壽一

 若きシェリングが取り組んだ課題の一つは、カントの批判哲学によって分断された理論哲学と実践哲学、機械論と有機体論とを一つに統合することであった。この課題は「主客総無差別」たる同一哲学 (『わが哲学体系の叙述』1801年以降) および「普遍的有機体制」たる自然哲学(『宇宙霊』1798年以降)として果たされた。後者にて「全自然を一つの普遍的有機体制に結合する」原理としてその根底に据えられたのが、古代ギリシア自然哲学に由来する自然の活性原理「宇宙霊」Weltseeleもしくは「エーテル」Aetherにほかならなかった。
 1) 興味深いことにカントは(没後『遺稿(オプス・ポストゥムム)』第一分冊1936年所収)
「移行」草稿 (Übergang 1-14 [1799]) で全物質、全自然の基礎をなす「エーテル」Aetherもしくは「物質の全運動諸力の基礎」をなす「原素」Urstoffとしての「熱素」Wärmestoff に基づいた「物質の運動諸力の体系」を構築する構想を打ち立てた。これは「他の全諸元素(たとえば酸素や水素等)」を「派生的元素」Nachstoffと見なす独特の化学論等を含むものであった。老カントのこの種の構想を同時期すでに登場していた若きシェリングの自然哲学と比較することが今回のクロス討論での課題の一つなのだが、カントの思想発展に即しつつ「移行」草稿での新たな自然哲学構想と批判期の『諸原理(自然学の形而上学的諸原理)』(1786) での自然哲学との異同を検討することもむろん欠かせぬ重要課題である。けだし、「移行」草稿には『諸原理』に対する当時の書評 (Göttingische Anzeigen, 191. St. [2.12.1786]) 等による諸批判に応答すべく執筆された諸草稿 (『遺稿』第一、第二分冊1936-8年所収Rose Blätter [1786/87-1795/96], Oktaventwurf [1796/97], Elem. Syst. 1-7 [1798] 等) での模索的思考を受けた新たな構想が盛り込まれていることが従来のカント研究によって明らかになっているからである。
 2) 当時も今も注目を集める「移行」問題すなわち「形而上学 [=メタ自然学・純粋自然学] か
ら自然学への移行」問題は、1786年の前掲『諸原理』にて、1781年の第一批判での「純粋悟性概念」に自然学的「実例」が与えられ、あるいは「質」カテゴリーに対応する「動力学」での根源力(引力と斥力)の均衡による物質構成論など『諸原理』の試みを根本から改変しようとする意図から発生したものであり、その基礎をなす議論がいわゆる「エーテル演繹もしくはエーテル証明」にほかならなかった。老カントが若きシェリングの自然哲学をどのように意識していたかは確認困難なのだが、後者による前者への注目は確認できる。カント没後間もない追悼文「イマヌエル・カント」(1804) に曰く。「彼は形式的側面としての理論的理性批判に後年『自然学の形而上学的諸原理』をいわば実在的側面として追加したが、それは…両部門の諸原理を真に統一…できはしなかった。…1801年になお彼は思考の叶うわずかな時間を費やし著作『形而上学から自然学への移行』の執筆に勤しんだ。彼が生き長らえて著作を完成できていれば、疑いなくそれに最高の関心が寄せられたに違いなかろう。」