7月7日(日) 11:00-11:40 【一般研究発表Ⅵ】
シェリングの対話篇「絶対的同一性の体系について」
松岡 健一郎(同志社大学)

 本発表が考察の対象とするのは、シェリングがヘーゲルとの共同編集で1802年1月に創刊した『哲学批判雑誌』創刊号に掲載されている対話篇、「絶対的同一性の体系、およびそれの最近の(ラインホルトの)二元論に対する関係について。著者とある友人との会話」である。
 この対話篇は従来あまり研究対象とされてこなかったが、そこでシェリングが自らの同一哲学について語り解説しているからという理由でだけでなく、その同一哲学への「入り口」が「アンチノミー」すなわち絶対的矛盾にあると規定されている点でも非常に重要である。もちろん、この対話篇で扱われているシェリングによるバルディリからの剽窃という問題が重要でないというのではない。ただ私は、この対話篇はアガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』(事件を報告する手記の作者が実は真犯人だったというもの)に似ており、剽窃スキャンダルという話題の背後で実はシェリングによる「アンチノミー」概念の(ヘーゲル『差異』論文からの)接収までもが語られているのではないかと思うのである。
 本発表は、この対話篇における「アンチノミー」概念の同一哲学への導入について論じるが、従来ほとんど注目されてこなかったテクストであるため、まずこの対話篇の成り立ちと問題状況について概観してから、シェリングの言う「哲学の全体」が意味するところにどのような変化がもたらされたのかを考察する。
 シェリングの同一哲学がヘーゲルとの相互的な影響関係のもとにあることは先行研究でも繰り返し確認されてきたことであり、この対話篇でのシェリングによる「アンチノミー」概念の採用はその決定的証拠の一つに数えられてよい。だが、それだからこそシェリングの同一哲学そのものが、この対話篇の前と後とでは(したがって1801年のDarstellungと1802年のFernere Darstellungenでは)異なるものへと修正されたということになる。シェリングの言う「哲学の全体」は、もはや予定調和的な(あるいはイェーナ到着以前のヘーゲルの合一哲学的な)対立項同士の相互補完としてではなく、この対話篇以降では、対立項が自立化してそれぞれにとっての同一性が(つまり、絶対的同一性の単一の即自ではなく、それが止揚された相対的同一性の対自が)「アンチノミー」すなわち絶対的矛盾をなすと規定されるのであって、そして知的直観の始動および思弁的体系への「入り口」さえもがそこにあると規定される。