7月7日(日) 9:30-10:10 【一般研究発表Ⅳ】
「ポスト・カント時代の詩人たちのKonstellation――1790年代の神話論、宗教思想の展開」
„Die Konstellation der Dichter nach Kant — Über die Rehabilitierung des Mythos und der Religion in den 1790er Jahren“
益 敏郎(京都大学)

 ディーター・ヘンリッヒが提唱した「状況配置研究(Konstellationsforschung)」は、近年高い評価を受けている哲学史研究の理論である。この研究は、ポスト・カントの観念論の展開を、従来の歴史記述から洩れていた未完のもの、断片的なものを含めた「状況配置(Konstellation)」の展開として描き出す。これは後に大成する体系思想へのオルタナティブを、1790年代の言説に発見することにもなった。こうして示された観念論史は、新たなスタンダードとして認知されている。
 しかしポスト・カント的展開を牽引したのは思想家だけではなく、その到達点も自然哲学や体系思想だけではない。詩人たちもまたこの動向に積極的に参与し、「共同哲学、共同文学」(F. シュレーゲル)を形成したのである。それゆえ、状況配置研究で手薄になっている「詩人たちの状況配置」をさらに明らかにする必要がある。ただし、ここでで示される詩人と思想家の状況配置(„Konstellation der Dichter und Denker“)に関しても、20世紀に表面化する観念論の問題性と無縁ではありえない。したがって本発表でもヘンリッヒの問題意識を受け継いで、1790年代の神話論、宗教思想が絶対者や全体性の思想からいかに差異化されるのか、という問題も合わせて問われるだろう。
 「詩人たちの状況配置」の輪郭は、シュレーゲルになぞらえて三重の危機意識として素描することができる。すなわち政治的危機(フランス革命)、哲学的危機(フィヒテの知識学)、社会的ないし道徳的危機(ゲーテのマイスター)である。この危機の総合的解消の試みは、シラーの「美的国家」構想が端緒となる。シラーの構想は、カント的な進歩史観(「哲学的千年至福説」)を前提としているが、初期ロマン派やヘルダーリンにおいて、これは終末論的な神話論として継承されることになる。「新しい神話」への要求は、宗教復権や「神の国」実現の要請でもあったのである。
 この宗教思想にはシュライアマハーの神学との関連性が見られる。彼もまた、カントの理論・実践哲学を克服する権能を宗教に与え、宗教的共和制の構想を抱いていた。これはノヴァーリスの宗教的民族の再生によるヨーロッパ構想や、ヘルダーリンの詩的宗教の思想とも共鳴する。「新しい神話」論や宗教性回復の要求は、反動的な非合理主義でも復古趣味でもなく、詩人たちによるポスト・カント的危機の打開策として掲げられたのである。
 シュライアマハーは宗教復権を「新しいキリスト」の誕生と表現し、さらにノヴァーリスとヘルダーリンは、キリストを古代ギリシャの継承者と位置づける歴史観を示すような特異な詩作を行なった。とりわけヘルダーリンは、神と人間をつなぐ「中保者」の概念を複雑化させ、法とその侵犯の緊張関係から考える独特の思想を示している。神は自らの積極性を侵犯に依存するがゆえに、有限性の烙印を押される。この有限の神の思想は、観念論の絶対者とは鋭く対立するものとして評価できるだろう。