13:20-16:20 【シンポジウム】 「人新世」
急激に加速する気候変動の時代における芸術と環境美学
Art of the Age of Greatly Accelerated Climate Change And Environmental Aesthetics
伊東多佳子(富山大学)

 1992年にリオ・デ・ジャネイロで開催された環境と開発に関する国連会議(UNCED: 地球サミット)において合意された(27原則からなる)有名なリオ宣言と並んで、二つの国際条約、「生物多様性条約(Convention on Biological Diversity [CBD])」と「気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change[UNFCCC])」が採択された(この「気候変動枠組条約」の最高意思決定機関は気候変動枠組条約締約国会議(Conference of the Parties [COP])である)。
 地球温暖化が周知のものとなり、気候変動(もしくは気候変化)(そしてそれがもたらす生物多様性の喪失)が環境問題にとって避けて通ることができない重要なトピックとなる中で、21世紀に入ってすぐに、オゾン・ホールの研究でノーベル賞を受賞したパウル・クルツェンによる「人新世」(Anthropocene)という新しい概念が登場する。人間が地球に及ぼす影響が急激に加速し、もはや地球の限界を超え始めたのではないかという、科学者の危惧が生み出した「人新世」は、そもそもは地質学の層位として提案された分類であるが、その信憑性については様々な議論があり、その始まりに関しても産業革命や1945年の最初の原爆実験に置くものなど諸説あり、未だ公式に認められてはいないものの、少なくともわたしたちの日常的な環境破壊の現実認識や、環境倫理学からの行き過ぎた人間中心主義批判と合致するものを含む考え方だということができる。さらに、キャッチーで、かつ分かりやすい内容を持つその新造語は瞬く間に広まり、新たな展覧会のテーマを探すキュレーターにとって、いわばオールマイティーともいうべきモットーとなった。実際、COPと連動して行われた芸術プロジェクトや、2004年の台北ビエンナーレ、2017年のモスクワ・ビエンナーレをはじめとして、「人新世」もしくは「急激な加速(Great Acceleration)」をテーマにした展覧会は数多い。同時にいわゆる環境芸術も多く制作されるようになり、それらはしばしばエコ芸術、エコロジカル・アートなどと呼称される。それらはアースワークやランド・アートと呼ばれることの多い作品とは異なり、気候変動やそれに伴う生物多様性の危機に直接立ち向かうものへと変化している。
 「人新世」をテーマにした本シンポジウムの報告として、特に急激に加速する気候変動の時代における芸術の様々なあり方に焦点を合わせ、いくつかの具体例をあげながら、環境芸術の動向とその環境倫理学的な視点からの評価について論じるとともに、気候変動に関わる環境美学の議論にも触れたい。